亡くなられた人に対して残酷な言い方かもしれませんが、政治家になるべき人ではなかったということでしょう。ライブドア事件に関する「偽メール事件」、その責任を取って議員辞職した永田寿康氏が2年8ヵ月後に自らに下した行動は、昨年11月の自殺未遂騒動で否定できないものであったものの、自殺という非常に悲劇的な結末でした。
永田・元民主党議員が自殺 偽メール問題で06年辞職 (1/2ページ) - MSN産経ニュース から2009年1月4日21時19分に引用偽メール問題で平成18年に議員辞職した永田寿康・元民主党衆院議員(39)が3日午後6時半ごろ、北九州市八幡西区の11階建てマンションの駐車場で倒れているのを住民が見つけた。病院搬送されたが、まもなく死亡が確認された。八幡西署は飛び降り自殺を図ったとみて詳しい経緯を調べている。
議員辞職後も議員時代の創価学会絡みの発言で略式起訴や離婚などで、生きる気力を奪われるほどの絶望感を味わったということでしょう。自殺すべきでないと言うのは当然ですが、動物としての最大の本能とも言える「生きる気力」をも奪う絶望感の暗黒の力に、何とも言えぬ悲しさを感じることも事実です。
議員時代の永田氏は、過激な発言で国会の内外で暴れん坊ぶりを発揮していましたが、偽メール事件をめぐっての対応を見ると、実戦の怖さを今まで経験したことのない人だったのだと思います。「自分が殴るのであれば、自分も殴られる」ということを、あの偽メール事件で初めて知ったのでしょう。武部氏の対応がやり過ぎという感も否めなかったのですが、武部氏もあそこで永田氏を斬り捨てておかないと自らが斬られる状況だったので、正当防衛と言えなくもなかったと思います。あのドロを舐めさせられた状況から再度、這い上がることが出来たならば、筋金入りの暴れん坊として一目おかれる存在にも慣れたのですが、当時の民主党の置かれた状況がそのチャンスをも許さなかったことと、初めて斬り捨てられたことによる精神的な破綻が、政治家としてだけでなく、自らの人生をも終わらせてしまったのでしょう。
政治家という仕事は、理念が最も大事なのは言うまでもありませんが、永田氏のような「打たれ弱いハードパンチャー」や阿部元総理のような「打たれ弱い理想家」のような人物は、政治家になるべき人ではないと思います。それなりの地位に上がると、相対的に打たれる方が多くなりますからね。それを考えると、政治化の理想の資質というものは、「とにかく打たれ強いこと」なのかもしれません。打たれ強ければ、たくさん実戦を経験できますからね。
最後になりますが、永田寿康氏のご冥福をお祈りいたします。
当ブログの関連リンク
・永田元衆院議員が自殺、北九州のマンションから飛び降り : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
・時事ドットコム:永田元議員自殺「甚だ残念」=民主・小沢氏
・永田寿康 - Wikipedia
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